20091225

:14

だが別のとき、たとえば私がいつまでもうしろの方でぐずぐずしていて、ついてゆかないのを見て両親が苛立つようなとき、私の現在の生活は、父が人工的に作りあげ、父の手で勝手に変えられるものというよりも、むしろ逆に一つの現実のなかに含まれているもののように思われた。私のためにできている現実ではなく、それに抵抗する手段もなく、そのなかで私には同盟者もなく、そのかなたには何も隠されていないような、そのような現実である。そのとき私には、自分が他の人間同様に存在し、やがて年をとって、他人同様に死んでゆくだろうと思われた。またその人びとのなかで、私は単にものを書く素質を持たない者のなかに数えられるだろう、という気がした。だから私はがっかりして、ブロックが励ましてくれたにもかかわらず、永久に文学をあきらめようとした。自分には思想など何もないという、心の底にあるこの直接的な感情は、他人がふんだんに浴びせるどんなお世辞よりも重みがあり、それはまるで悪人がみなから善行をほめられても、良心の呵責を持ちつづけているようなものなのだった。:マルセル・プルースト [失われた時を求めて]

0 件のコメント:

コメントを投稿