ユニコーンと人魚の話:
人魚もユニコーンも渇望される。人魚もユニコーンも恋をする。人魚もユニコーンも声帯を持たない。人魚の住処は海だがユニコーンの住処はどこだろう(ユニコーンの巣に関する記述を私は知らない。ユニコーンの寝床に関する記述を私は知らない)。人魚もユニコーンも恋する相手を間違えくたばる。人魚は陸で死んだユニコーンは海で死んだ。人魚は陸の人間に恋をしたため泡になったが彼女が恋する相手が海の生き物ならば幸せになれただろう。人魚には姉が居る父がいる母がいる?兄が居る?弟が居る?妹がいる? 私は例え話を用いずにいられない。 人魚は陸に、若しくは大海のさなかに自らの同族を見つけた瞬間たまらなく嬉しいだろう歓びに打ち震えるだろう。彼らにとって同族はかけがえも無いのだから。
ユニコーンの角の効能にすがる人魚は水の生き物なのでその思いはより切実であろう。人間の体内の6割か8割を占める構成物の記号。人魚の上半身は人間だ。ここでいう人魚は西洋の人魚でありユニコーンも西洋の獣であるがしかし彼らは未だ出会った事が無い。木や水や森や朝日や大気が私に語りかけなかった(少なくとも人間に書かれたのようには語りかけられなかった)事実を嘗て嘆いたが、自然物は決して、人魚やユニコーンにも語りかける事は無いだろう。私は無理を望んでいた。が、私たちは言葉を交わせると思い込んでいる?彼らは声帯を持たないが声帯を持たない悲哀は共有できる。人魚は恋をしたばかりに声帯を喪ったが海の中で会話を伝達する方法とは何か。人魚は「不吉」を象徴したいていの人魚は最後まで幸福を持続させられない。泡は海に消える水に消える。
ユニコーンはしばし一頭きりのような口ぶりで伝えられる。ユニコーンにはあらゆる義務が無い替わりに権利も無い。ユニコーンは人魚より神から遠い、何故ならば神は自身の似姿として人間を作り人魚の半身は人間である。ユニコーンは神に共感しない。ユニコーンは骸を人魚の泡と交わらせる事を唯一の対話とし安寧とする。ユニコーンの体躯に付着した返り血を人魚が拭う。幸い彼女は水の在処を好く知っているが、凝固した血液を丁寧にほぐし拭き取り痕跡を消す作業のさなか人魚の手は汚れ膚は荒れる。鱗の尾は浅瀬に適さない。陸にはもっと適さない。
彼女の欲求が食われる事泡と消える事どちらに傾いているか判断基準が無いので私は朽ちだす事が出来ない。
彼女はこれからも渇望される。
人魚とユニコーンは決して結びつかない。種が違うという単純な理由に依って。彼らを寄り添わせるのは意思である。
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